「守護霊に恋されて」         夜久珠姫
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◆執筆時間 3時間
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<大学:グラウンド>
【瞳】
「お疲れ様です」

私はサッカー部のメンバー達にタオルを手渡していく。そして、ドリンクも手渡す。
親友の大野由美と一緒に、サッカー部のマネージャーをして、もう2年となる。

【由美】
「向井瞳殿。いい加減告白したら? 但馬さん、それなりに人気あるんだし、取られちゃうよ?」
【瞳】
「だって……恥ずかしいし、タイミングが……」
【由美】
「もう想って2年でしょ? 潮時だと思うけど」
【但馬】
「おーい、マネージャー、片付けるの手伝ってくれ」
【由美】
「はーい!」
「ほら、瞳行って来な」
【瞳】
「う、うん」

由美に背中を押されて、私は但馬さんの元へ駆け寄った。
但馬さんに想いを寄せ始めたのは、2年前の事だ。友逹にサッカーの試合に付き合わされて、その時、但馬さんがとてもカッコ良くて、一目惚れしてしまったのだ。

【但馬】
「ボールを片付けたいんだけど、人手が足りなくて」
【瞳】
「分かりました」

そうしてボールを片付けていると、1つのボールが腕から零れ落ちて道路へ行ってしまった。
慌てて取りに行く。

【但馬】
「瞳ちゃん、危な――!」

遠くで但馬さんの声がしたと思ったら、体が何かにぶつかり、そのまま目の前が真っ暗になった。

<病室>
【瞳】
「ん……あれ?」

目を覚ますと、目に飛び込んで来たのは、『ベッドで寝ている私』だった。

【瞳】
「え? 私……?」
(私はここにいるのに、どうして……)

【???】
「ここは生死の境目」
【瞳】
「だ、誰!?」

振り向くと、そこには蒼く長い髪をなびかせた、まつ毛の長い美青年が立っていた。

【???】
「あなたは事故に遭って、瀕死の重体になっているのです」
【瞳】
「あ……そう言えば、何かにぶつかって……。え、あ、じゃあ私、死ぬの!?」

一気に不安な気持ちに包まれる。

【???】
「いいえ、私が死なせません。間もなく目が覚めるでしょう」
【瞳】
「良かった……。あなたは神様? それとも天使とか?」
【アユ】
「ああ、これは失礼しました。私はあなたの守護霊のアユと申します」
【瞳】
「しゅ、守護霊!?」

驚いた。そういう存在は知っていたけど、まさかこんな形で出会うとは思いもしなかった。

【アユ】
「どうです? 三途の川でもご覧になりますか?」
【瞳】
「いえ、結構です。だって、もう体に戻れるんでしょう?」
【アユ】
「はい。ですが、少しでも『生死の境目』に記念にと思いまして」
【瞳】
(いやいや、三途の川とか見たいとか思わないし)

そんな時、病室に両親と但馬さん、由美がいる事に気付いた。

【但馬】
「本当にすみません! 俺の不注意で事故に……!」

但馬さんが深々と頭を下げるのを見て、心が痛んだ。だって、但馬さんのせいじゃないから。

【アユ】
「ほら、瞳、時間です。あなたは目を覚ますのです」

アユさんに手を引かれて、私は自分の体の中に戻って行った。
それと同時に目を覚ます。
お母さんが真っ先に気付き、お父さんに先生を呼ぶように言う。
私の上空にはアユさんがいて、にこやかに手を振り、スーッと消えていった。

退院は三日後と言われて、私はベッドに横になったり、軽いリハビリを受けたりしていた。

【瞳】
「……ねぇ、どうして付いて来るの!?」

そう、この間、アユさんが私の後をずっと付いて来ていた。フヨフヨと宙を。

【アユ】
「あなたの守護霊だからです。それにしても、まさか私が視えるとは……」

どうも、守護霊は普通の人には視えないらしく、アユさん曰く、『生死の境目』で自分と話をしたせいかもしれないとの事だった。
守護をする人間からひと時も離れない、それが守護霊だと言う。

【瞳】
「……ずっと一緒って言ったけど、お風呂とかも?」
【アユ】
「ドアを挟んで、あなたの鼻歌を聴いていました」
【瞳】
(うわ……! めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!)
【アユ】
「そんなに顔を林檎のように真っ赤にされるのは、とても可愛らしいですね」
【瞳】
「もう、そういう事は言わないで! 消えて! 今直ぐ!」
【アユ】
「消えるのは簡単ですが、私からはあなたが見えていますよ? それに、あなたを見ているのは幸せなんです」
【瞳】
「幸せ?」
【アユ】
「はい。私はあなたに恋をしていますから」

あっさりと爽やかに言われて、どう切り返したら良いのか分からず、口をパクパクさせてしまう。

【瞳】
「守護霊って守護する人間に恋するものなの……?」
【アユ】
「さぁ。私も初体験なので、何とも……」
【瞳】
「あのね、私には好きな人が――」
【アユ】
「但馬涼介、22歳、彼女なし、の彼ですよね。ご安心を。別に邪魔をする気はありませんから。恋とは相手の幸せを願うもの。それだけで幸せなのです」

悟り切った顔で言われ、確かに私も但馬さんが幸せなら、と思うも、やっぱり彼に好きになってもらい、隣にいたいという気持ちが強いと実感する。

そうして、退院の日を迎え、サッカー部のマネージャ―も復帰する事になった。
但馬さんが今夜『お帰り会』をしようと皆に呼び掛けていたらしい。

【由美】
「告白のチャンスじゃん! 頑張れ!」
【瞳】
「う……ん……」
(告白かぁ……したいけど、もし駄目だったら、気まずくなるかもしれないし……)

そう考えながらドリンクの準備をしていると、部室に但馬さんが入って来た。

【但馬】
「ドリンクの時間だろ? 手伝うよ」
【瞳】
「ありがとうございます」
【但馬】
「瞳ちゃんって気配り上手だよな。彼氏ができたらちょっと羨ましいかも」
【瞳】
「え……」
(羨ましいって……どういう意味……? 私の事、少しは意識してくれてるって事……?)

突然の但馬さんの言葉に、ドキドキが止まらない。
このまま告白するのが、一番ベストかも、という気持ちが募る。
告白の言葉は直ぐには出てこなくて……でも、今夜こそ告白しようという決意だけはできた。

『お帰り会』は居酒屋の個室で行われ、花束をもらったりして、凄く嬉しかった。
そのせいか、お酒も進み……足元がおぼつかないくらい飲んでしまった。

【但馬】
「帰りは家まで送って行くよ」
【瞳】
「すみません、ありがとうございます」

他愛もない話に花を咲かせて歩き、但馬さんとの距離が近付いたような感じがした。
こういうの良いな、と思えた。幸せだ、と思えた。

【但馬】
「あ! 危ない!」
【瞳】
「え?」

足がもつれて車道に倒れそうになった私の手を、但馬さんが引っ張り、逆に但馬さんが車道側に飛び出てしまい、やって来た車にぶつかった。
一瞬の出来事で、頭が真っ白になる。

【瞳】
「あ……そうだ、救急車!」

スマホを操作しようにも、手が震えて番号がタップできない。

【瞳】
(どうしよう! 私のせいで……!)
【アユ】
「……彼の命の炎は消えかかっています。救急車を呼んでも無駄です」
【瞳】
「そんな……!」
【アユ】
「でも、1つだけ助かる方法があります。……私が彼の魂と一緒に彼の中に入るのです」
【瞳】
「そんな事ができるの!? じゃあやって! お願い!」
【アユ】
「分かりました」

アユさんはそう言うと、スーッと但馬君の中に入って行った。
すると、ピクンと但馬さんの体が動き、上半身を起こした。

【瞳】
「但馬さん!? 生き返ったの!? 良かった!」
【但馬】
「瞳、私はアユです。器は但馬ですが。このまま但馬の魂を体に結び付けておくと、彼は元通りに息を吹き返すでしょう。しかし、問題があります」
【瞳】
「問題?」
【但馬】
「私はあなたの守護霊なので、傍を離れる訳にはいきません。よって、この但馬の中に入ったままだと、常に一定の近い距離にいないといけないという事です。つまり、分かり易く言うと、瞳はこの但馬と同居しないといけないという事なのです」
【瞳】
「え? ええ!?」
【但馬】
「この但馬を生かすには、それ以外道はありません」

この提案には頷く以外の返事はない。
こうして、アユさんの入った但馬さんとの同居がスタートするのだった。

朝、目を覚ますとベッドにいて、目の前に但馬さんの顔があった。

【但馬】
「おはようございます、瞳」
【瞳】
「え? え? どうして!? 私はソファで寝たはずなのに……!」
【但馬】
「瞳をソファに寝かせられるはずがありません。なので、ベッドに運びました。……それよりもこの体はお腹を空かせているみたいです」

朝食を簡単に作るって、テーブルに並べると、但馬さ……アユさんが目を輝かせる。

【但馬】
「瞳の手料を食べられるなんて、何て幸せな事でしょう!」
【瞳】
「そんな涙まで流さなくても……大袈裟だよ。それにさ、喋り方、但馬さんに似せてくれない? 大学でおかしいって思われるでしょう?」
【但馬】
「それもそうですね。では……コホン。瞳ちゃんのご飯、俺、病みつきになりそうだ。……瞳ちゃん、顔が赤いよ?」
【瞳】
「な、何でもないっ」
(但馬さんの顔で、そういう台詞言うなんて、ズルいよ~! 思わずときめいちゃったじゃない)
【但馬】
「大学も春休みただから、丁度良かったな。サッカー部だけクリアすれば、正体がバレない」
【瞳】
「確かに。運が良いというか……」
(これで講義があったら大変な事だよね)

大学へ着き、サッカー部の部室に行くと、由美が目を丸くして私と但馬さんを交互に見る。そして、私を隅に呼び、囁く。

【由美】
「昨夜、告白したの?」
【瞳】
「えっと……」
(何て答えたら良いんだろう……!?)
【但馬】
「マネージャー達、こっちを手伝ってくれ」

良いタイミングでアユさんが私達を呼んでくれた。
私と但馬さんが同居している事は知られてはいけない……絶対に秘密にしないといけない事だ。

【由美】
「今日は選抜の試合があるね。まぁ、但馬さんはレギュラー確実だとは思うけど。最近力を付けてきた酒井さんもレギュラー入りができるかなぁ」
【瞳】
「あ、由美は酒井さんが好きだっけ」
【由美】
「うん! 頑張って欲しい!」

そして、選抜の試合が始まった。
この大学のサッカー部は強く、選抜の試合でもそれなりのギャラリー……主に女性が多い。

【女性1】
「ねぇねぇ、但馬君ってあんなにカッコ良いプレイしてたっけ? 流れるようなフォームで強烈がシュートなんて、凄いよ!」
【女性2】
「今日はやけに目を引くよね! 顔は普通だけど、あんなプレイされたら、好きになっちゃいそう! なんてね」

女性達の黄色い声援が但馬さんを取り巻く。
確かにいつもの但馬さんに比べたら、シュートの回数も多いし、フォームも綺麗だ。

【瞳】
(中身がアユさんだから? 何か不思議な力とかが作用してたりして……)

但馬さんがいつもの何倍もカッコ良く見える。だからか、ドキドキが止まらない。だけど中身がアユさんだからと思うと、やはり微妙な気持ちになる。

【瞳】
(う~、但馬さんとアユさんとが混乱する。但馬さんとアユさん、どっちにドキドキしてるのか訳が分からなくなっちゃう……)

数日後、校舎裏に女性達に呼び出された。
嫌な予感しかなかったけど、無視をする訳にもいかずで、息を呑んで校舎裏へ行った。

【女性1】
「来たわね。ねぇ、あなた。但馬さんと仲良さそうにするのやめてくれない?」
【女性2】
「そうよ、目障りなのよ!」
【女性3】
「マネージャーだからって、あんなに密着して……わざと!?」

次々と但馬さんとの仲を裂こうとする言葉が降り注ぐ。

【女性1】
「何とか言いなさいよ!」

ドンッと体を突き飛ばされ、倒れそうになった時、誰かに支えられた。

【但馬】
「何をしている!? この人は大切な人なんだ! 手出しはさせない! それに、俺が想いを寄せているのは、彼女だけだ! 二度とこんな事はするな!」

但馬さ……アユさんの言葉に怯んだ女性達は、早々に立ち去って行った。

【但馬】
「大丈夫!? 瞳っ!」
【瞳】
「う、うん。アユさんが来てくれたから」
【但馬】
「私はいつも傍にいるって言ったでしょう? あなたを守るのが私の使命であり、幸せなのです」
【瞳】
「アユさん……」

鼓動がこれでもかって位、速く脈打つ。
庇ってくれたのは、素直に嬉しかったし、私への気持ちも真剣だって事がヒシヒシと伝わってきた。
アユさんの温もりが私を包み、安心感が増す。

【瞳】
「アユさん……私、アユさんにドキドキしてる……」
【但馬】
「え?」
【瞳】
「私、アユさんの事が好きに……なったみたい」

次の瞬間、私はアユさんに抱きしめられた。
嬉しいという言葉が何度も耳に入る。

【瞳】
「……でも、諦めないといけないのかな。私達は想い合ってるけど、立場が……」
【但馬】
「実は、明日で但馬が息を拭き返します。記憶に今日までの事は刷り込んで。私が彼の体から出たら、神様へ面会を懇願します。私が人間になれるように……」
【瞳】
「それは可能なの?」
【但馬】
「前例がありませんので、何とも……。でもやる価値はあるかと」

翌日、但馬さんが息を吹き返し、通常通りの生活が始まった。
そして、数日後。

【???】
「――瞳」
講義の教室へ向かおうとしていると、背後から知らない人に声を掛けられた。
【瞳】
「あの……?」
【???】
「私です、アユです。神様のお許しがやっと出て、人間になれました。これからはいつも一緒です!」
【瞳】
「アユさん……? 本当に?」
【鮎】
「はい。大谷鮎という名前を頂きました」

気付いたら、私の方から鮎さんの胸に飛び込んでいた。
自然と流れる涙を、鮎さんが唇で拭ってくれる。
見た目は栗色の髪に切れ長の目。前の鮎さんとは違うけど、熱い視線はそのままだった。

【鮎】
「瞳が大好きです。これからもずっと傍にいさせて下さい」
【瞳】
「うん! 私も大好き」

こうして、私達は恋人同士となり、共に人生を歩き始めるのだった。
幸せ一杯の人生を――


        ▲top