「人魚の


私は一人の人間の男性が好きになった
海水浴場で、溺れかけていた子どもを助けた彼の雄姿に一目惚れしたのだ
でも私は人魚
人魚は人間とは結ばれない

童話では王子様と幸せになった話があるみたいだけど、実際は違う
厳しい掟があり、それを破ると、身内にまで被害がいってしまう
人魚に男はいない
ただ、成人すると、卵を1個産む
それが子孫を増やす唯一の方法だ

私は彼の姿を見たくて、海水浴場によく出向くようになった
見るだけなら、と思ったからだ
そう、見るだけなら
見ていく中で、彼は海水浴場の保安員だという事が分かった

ある日、私の目の前で、男の子が溺れかけていた
彼は気付いて、慌ててこっちに泳いで来ている
でもここは沖に近く、彼を待っていては間に合わない
私は、男の子を抱えて、水中から、近くの岩場に運んだ
しかし、そこで彼と遭遇してしまった

「君が助けてくれたの?」
「あ……はい」
「ありがとう」
爽やかな彼の笑顔に、私も笑顔になる
彼は、男の子を連れて、岸へと戻って行った

彼と会話してしまった
人間と関わりを持ってはいけないという掟に背いてしまったのだ
私は人魚裁判にかけられた

幸な事に人魚とバレていないので、情状酌量の余地があると判断され、とりあえず重い罪には問われなかった
でも、もう地上に行く事を禁止された
それが代償だった

でも構わない
彼の笑顔はずっと私の心の中で生き続けるのだから

寂しい時には彼の笑顔を思い出す
それだけは、良いよね?
そう自分に言い聞かせた


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