「刺し人・お菊が行く!」
私は刺したい。
何もかも。
刺して、刺しまくって、無にしたい――
私の名前は、各務菊枝。
夫と子供二人に囲まれた、ごくごく普通の主婦である。
「あなた今朝のゴミ出しをお願いしても良い?」
「良いよ」
今日は可燃ゴミの収集日。家中の可燃ゴミを袋に集めていくと、3つの袋になった。
「お、3つか。大丈夫だよ」
夫の成一(セイイチ)は、少しも嫌な顔をせずに、袋を両手に下げて、仕事へと出掛けて行く。
子供は、小学5年生の亜矢と、中学2年の智也がいて、とても仲が良い。シスコン、ブラコンって言ってしまえば簡単だか、まぁそんな感じだ。
子供達が学校へ出掛けると、そこからが私の時間となる。
ピー、ピー、ピー。
エプロンポケットに入っているポケベルが鳴った。ああ、ポケベルとは、番号で用事を伝えてくるものだ。もう随分昔の物として、今では流通はほとんどしていないのではないだろうか。
そのポケベルの画面には、『50』と表示されていた。
『50』……それは仕事の依頼が入った印。
「ふふっ、さぁて、どんな獲物かしら?」
私は高揚感高まるまま、着替えを始めた。
着替えと言っても、真っ白なワンピ―スを着るだけだ。そして、パールのネックレスを付け、白のストッキングを履いたところで終了だ。
季節は10月ということから、淡いピンクの上着を羽織った。
獲物はとある電車内にいると、ポケベルが伝えてきた。電車内と言えば、痴漢と思われがちだが、獲物はそう簡単なものではない。
今回の獲物は、大学の教授だ。どうも裏口入学を進めて、お金を搾取しているという人間らしい。
昔から裏口入学というものははびこっているが、親は子供の為と言い、相手も子供の為と言い、結局一番の被害者は子供となってしまうのが世の常だ。
将来を棒に振る、そんな選択肢だという事を、親はなぜ気付かないのか。いや、気付いていても、『子供思い』な親は危機感もなにも感じないのかもしれない。
獲物と同じ車両に乗り、様子を伺う。
獲物は、座席に座って本を読み、時々あくびをしている。
呑気なものだ。
やがて、獲物が駅で降りたのを機に、私も電車を降りて、チャンスを伺う。
別に人混みだろうが誰もいなかろうが問題はない。問題なのは、獲物の悲鳴が聞こえるかどうかだ。断末魔ほど心地の良いメロディはないだろう。それが長ければ長いほど、その分楽しめるというものだ。
私は、コンビニの角を曲がった頃合いを『その時』とした。
一歩、一歩近付いて………
通勤通学の人がまばらにいるこの瞬間、鞄に忍ばせておいた果物ナイフを取り出し、獲物の脇腹にそっと突き立て、強く押し込んだ。
「ひいぃ……!」
獲物は脇腹を押さえて、転がった。
「大丈夫ですか!?」
通りすがりを装い、私も一緒にしゃがむ。
だって……まだナイフと脇腹は繋がっていて、そこから私の手も繋がっているんですもの……
「……ねぇ、おじ様? 裏口入学って良いお金になるんですってね」
「な、何を……!? それよりも、救急車を……!」
「あら駄目よ」
ぐっとナイフを握る手に力を入れて、更に押し込む。
「ひぎゃあああ!」
「痛みますか? でも、子供達の心の痛みに比べたら、大した事はないですよ?」
「なっ、ぐふっ! 君は……」
「ふふふふふ、私? 私はただの『刺し人』。ただの『お菊』。だぁれも私の欲求を止められないの」
そう言って、今度はえぐるようにナイフを操り、獲物の身を断ち切ってやった。
えぐれた身から、内蔵が少し見え隠れする。
「ねぇ! 大変よ!? どなたか救急車を呼んでください!」
私がそう声を上げると、周囲にいた野次馬達が、慌ててスマホで連絡をし出した。
「……もう遅いかもしれないけど、私、精一杯しようと思ったの。でも……」
私の隣に、野次馬の一人のおばさんがしゃがみ込んで、私の肩を優しく抱いた。
「あなたはとても立派だったわ。何も後悔はしなくて良いのよ?」
「……はい」
私はゆっくりと立ち上がり、その場を去った。
「あはははははは!」
家に帰るなり、私は大声を出して笑ってしまった。
あまりに今回の仕事は簡単で、あっさり終わってしまい、物足りなさを感じていたからだ。
「腸でも引きずり出しても良かったわよね」
そう呟いて、鞄の中に、忍ばせておいた果物ナイフを取り出し、キッチンで洗い、そのまま包丁立てに立てた。
そして、ポケベルを打つ。
『530』と。
打ち終わると、着替え、テレビをつけて、朝の韓流ドラマに見入った。
「はぁ、もっと刺したい。刺して、無にしたい……」
今日も『刺し人・お菊』は傍から見れば、絶好調だった――
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